#026-0012「26番目の6月」2008年06月18日 01時56分25秒

 サヨコは水溜りを避けようとして小さくジャンプした後、前からきた自転車とぶつかってしまった。二人とも傘を差していてお互いが全く視界に入っていなかったのだ。そのまま沈んでいく小舟に乗り合わせてしまった二人のように顔を見合わせていた。水をかき出そうともせずにゆっくりと沈んでいくサヨコが見上げる薄暗い空には、黒い雲が渦を巻きながら今にも降りてきそうだった。

 トオルの心は静寂の夢を叩き起こして、サヨコの目の前にその姿を現した。もたげた鎌首はうなだれることなく振り下ろされて、サヨコの湿った心を貫いていった。5回目の6月は忘れることなく訪れて、サヨコを本当にうんざりさせた。トオルはいつもと変わらずサヨコの心の中でうねりながら脈を打ち、迸る。サヨコは抗いながらも蕩けて流れ出す。そんな自分を呪いながら。

 サヨコはいつも化粧をする洗面台に扇風機を置くことにした。暑い季節が近づくにつれて、化粧が崩れやすくなったからだ。洗面台の脇に据え付けてコンセントに差し、風が顔に当たるように上向きにしてからスイッチを入れた。小さな扇風機は大げさな振動と音を発しながら、サヨコの心まで乾かすような強い風を吹き出した。サヨコは目を閉じた。

 その夜サヨコは風呂に入って体を隅々まで念入りに洗った。何故か今日は自分の体が愛おしく思えてしようがなかった。たおやかな腕を、くびれた腰を、柔らかな胸を、張り詰めた尻をいつまでも丹念に愛撫した。風呂から出るとゆっくりと丁寧に歯を磨き、デンタルフロスを全ての歯間に通していった。リビングにぴくりとも動かずにうずくまる猫を見て、サヨコは台所の灯りを消してからトオルの眠る寝室に向かって静かに歩いていった。

 今サヨコは遥か遠い地に立つ。そこはかつて夢に見た場所であったはずだが、既に見たことのある場所だった。サヨコは一人立ち尽くし、通りすがる人に乞う。私を本当の私がいた場所に連れて行って欲しい、と。

(文字数:799)

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コメント

_ トゥーサ・ヴァッキーノ ― 2008年06月18日 12時05分26秒

これもリレーですか?
なんかリレーみたいな展開ですね。
リレーじゃなかったら、この作者さんはすごいです。
子供のころの痛い思い出、扇風機の話。
で、どういうわけか入浴シーン。
猫がいて・・・・・・。
こんなにいろんなものを配置しておいて、
最後はポエムっぽくまとめてしまう。
途切れているようで、つながっている。
つながっているようで、途切れている。
納豆みたいな文章って、なかなかできませんよ。
この流れがいいです。
そういうのを書いてみたいです。
勉強になりました。

_ ウラジーミル・コマ子 ― 2008年06月20日 16時23分13秒

不思議な文章です。時間の推移があるようでないようで、それでいて最後まである調和が感じられる。エロチックに読めるところはそのまま受け止めてよさそうな感じです。全体としてメタフィジカルな寓意でもありそうな、でもそれが自分にはわからないもどかしさ。興味深い作品です。

_ うらら ― 2008年06月20日 22時42分38秒

なるほど、リレーですか。最初のパラグラフと二番目とで比喩的な部分の質が違うのが不思議だったのですが、前のお二人のコメントを読んで納得。
転調を繰り返しながら、だけど全体として26歳?の女性の、梅雨時のようなやりきれない思いと、じっとり絡みつくような二人の関係として読めてしまいました。

_ なぎさひふみ ― 2008年06月24日 18時21分50秒

 澱のような堆積物が心模様のベクトルを曲折させて、時空の果ての、そしてここにあるすべてが、新しく古くそのままだ。

_ でんち ― 2008年06月25日 18時52分47秒

難解だ。
正直理解できなかったけれど、うまいなーとも思いました。
不思議な雰囲気のある作品でした。

_ 木の目 ― 2008年07月01日 19時23分41秒

作者がわかってからこういうコメントをするのはずるいのですが、「ダンス男」のような雰囲気があります。
夢と現の間を行き交うこういうお話、好きです。

_ 6月の作者 ― 2008年07月01日 23時06分18秒

皆様コメントありがとうございます。
本当に遅くなりまして申し訳ありません。

トゥーサ・ヴァッキーノさん
なるほど、確かにリレーみたいな文章ですね。
えー、一応書き始める前はぼんやりとテーマはあったんですけども、できあがってみると有形無形のシーンを羅列したようなヘンテコな格好になってしまいましたね。でもね、これほとんど一発撮りで、推敲の必要も余り感じませんでした。

ウラジーミル・コマ子さん
実はそのぼんやりとした今回のテーマというのはDV(のつもり)だったんですけどね。まあこれ以上説明するのもヤボなんで。

うららさん
テーマは一応キープしているつもりで、それぞれのパラグラフでは全く違う方向を向きながら書いてみました。違和感もやむなしですね。

なぎさひふみさん
そうはいっても、通奏低音のように流れるサヨコの心に降り積もった沈殿物の澱みを読み取っていただいたようでありがとうございます。

でんちさん
しかしながら難解(というか不親切)のそしりは免れませんね。それでも雰囲気を感じていただいて感謝します。

木の目さん
ハハハ、ダンス男ですか。なるほど、言われてみればそんな気もしますね。そうするとこれもなかなかの傑作かも? なんつって。

_ つとむュー ― 2008年07月14日 23時06分10秒

>これもリレーですか?
こんなところにリレー効果が表れるとは!?
皆さんのコメント、興味深く拝見しました。
でも、もしこの作品がリレーだったら、得票しているので最優秀賞だったのに!(笑)

そういえば、サヨコの忘れられなくなった6月は5回目で、タイトルの6月は26番目。”回目”と”番目”で異なっているのも、リレー的な要素?

_ joellynch6.unblog.fr ― 2017年08月11日 21時56分36秒

What's up, after reading this awesome paragraph i am too happy to share my knowledge here with friends.

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