#015-T016「ホームにて」ぎんなんさん2007年04月16日 00時19分47秒

 花の香りがこんな所にまで漂って来て、ボクは少しだけ気分がいい。
 行き過ぎる電車や人間たちが、ここからはよく見える。電車の届かないホームの端に人間は寄り付かないから、ここはいつも静かだ。
 いや、寄り付かない理由は他にもあった。
「どっこいしょっと」
 カズさんがどっかりと腰を下ろすのと同時にワンカップの蓋を開ける音が響く。突き出したあごの下で喉仏が音をたててくっ、くっと動く。毎朝フェンスを越えホームをよじ登ってカズさんはここへやって来る。寝転んで、酒を飲んで、そして日が沈む頃にフェンスを越えて去っていく。花の香りは消えてしまうけれどボクはカズさんの事、嫌いじゃない。
 満足そうにカズさんが深く息を吐く。長々と伸びた体の上を不意に小さな影が横切る。
「よぉ。頑張ってんな」
 鳩が真っ直ぐに向かいのホームに突っ込み、鉄骨の上に止まるとクルッと一声鳴く。雛に餌をやるとすぐにカズさんの頭上を逆方向に横切る。食事時に寄って来る鳩にもカズさんは優しいけれど、あの鳩の真っ直ぐさが何故かカズさんを微笑ませる。
 まもなく三番ホームに。アナウンスが聞こえると、二列に並んで電車を待つ人間の影が見える。カズさんは時々ぼんやりと人間たちを見つめていて、そんな時は何故かボクも寂しくなってぎしっと身体を揺すってしまう。
 ボクはいつも不思議に思う。カズさんにはちゃんと顔があるのに、あそこで並んでいる人間たちには顔が無い。一羽で居る鳩は寂しそうに見える。巣を守る鳩は力強く真っ直ぐに飛ぶ。じゃあカズさんはどうだろう。そして、あの電車の人間たちは?
 ああ、よくわかんないや。ボクはものを考えるようには出来ていないんだ。
 日が高くなりホームの人間もまばらになる頃、カズさんはいつものようにボクの上にごろんと横になり、背もたれに向かって気持ち良さそうに大きな屁をする。錆びて弱くなったボクの足は少し軋んでしまうけれど、そんな事もボクは嫌いじゃない。
(文字数:799)

コメント

_ mukamuka72002 ― 2007年04月17日 18時05分38秒

 以前、階段を擬人化した話を書いた人がいましたが、これも作者の優しさがにじみ出ていますね。わざわざフェンスを越えるのだから無人駅ではないのですね。駅員さんに見つかって無賃乗車と間違われない様に注意してね。僕は夕方、公園でワンカップを飲むのが好きです。カズさんと友だちになれそうです。

_ おさか ― 2007年04月18日 17時21分21秒

カズさんの目も、ベンチくんの目(?)も限りなく優しい。
ほんのりほろ酔い加減の、春の日を見た感じです。
鳩と人間の対比が見事です。
一人でいる鳩(カズさん)→寂しそう(顔がある)
巣を守る鳩(並んでいる人々)→力強い(顔がないように見える)
矛盾してるようでしてない、微妙な感じがオシャレです。こういう表現の仕方はとっても好きです。

_ 角田 伸子 ― 2007年04月19日 09時00分12秒

書いてみたい設定の作品。だけど難しいだろうなぁと思わせるような作品。好感を持ちました。

_ 蝶子 ― 2007年04月19日 10時46分36秒

優しく平和な文章です。ベンチの視点というのが面白いですね。
私にはちょっと、どの鳩がどうなのか、がわかりにくかったです。真っ直ぐに飛ぶ鳩、ひなに餌をやる鳩、食事時によってくる鳩、一羽でいる鳩……。すみません読解力なくて。

_ なぎさひふみ ― 2007年04月19日 18時04分56秒

 いのちは浸透しているすべての物事に。それは愛のときめき、愛のきらめき、すべての祈り。
 大仰な言い方ではだめですね、ごめんなさい。私は物にもいのちがあると信じます。まるで原始のアニミズムのように。

 話は変わりますが、ある映画を思い出しました。「私は貝になりたい」太平洋戦争の審判で、中隊長が、上からの命令を庇おうとして、板ばさみのようになり、貝になりたいと言った。
 作品は、丁度その裏返しのようで、何か符牒するものが私にあったのでしょう。いのちが閉塞した世界でその屈折した広がり(?)が、何と、のどかな光景を見せてくれるのでしょうか。

_ よっぱ ― 2007年04月19日 19時45分31秒

誰目線のお話なのかと思っていたらベンチくんだったのですね。
彼からすると、何の感情も現さず電車に乗り込んでいく集団よりもカズさんの方が余程人間らしく見えるのでしょう。カズさん本当はあの集団の中に帰りたいのでしょうか?
鳩と人の比べ方も面白かったと思います。
全体的になんだかホンワカとした気持ちになりました。

_ 露山露 ― 2007年04月20日 13時45分18秒

組織の歯車になったり、家庭を支えたりして、自分のことは先送りしたりあきらめたりしていると、とくに通勤途中なんかだと顔がないように見えちゃうのかなあ。カズさんにはたしかに顔がある。それとひきかえになくしたものもあるのでしょう。ひとつのメルヘンとしてたのしみました。シルヴァスタインの「大きな木」みたい。

_ ホームの片隅から ― 2007年04月20日 15時35分20秒

こんにちは。えっと、ベンチです。今日は天気が良くてボクも少し気持ちがいいです。
コメントをありがとうございます。

mukamuka72002さん、
そうです。無人駅じゃないけれど、それほど大きな駅じゃないからなのか、駅員さんが来る事はありません。
カズさんはいつも一人なので、友だちが出来るとカズさんも喜ぶと思います。

おさかさん、
ボクは古いベンチなので、オシャレとか言われた事がありません。なので、ちょっと照れます。

角田 伸子さん、
ボクが書けるのだから、きっと難しくはないのだと思います。

蝶子さん、
ごめんなさい。毎日鳩を見ているので、つい鳩の事ばかり書いてしまいました。
実際には真っ直ぐ飛んでいった鳩しかいなくて、あとはボクの話の中に出てくるだけなのです。もうちょっと書き方に工夫があったらよかったかなあ。

なぎさひふみさん、
「私は貝になりたい」フランキー堺さん主演でしたね。(ん? なんで知っているんだろう)
勝ち負けなんて言葉が風に乗って聞こえる事があるけれど、カズさんと電車の人間を見ていると、どちらが勝っているのかボクにはわからなくなるのです。

よっぱさん、
毎日わざわざフェンスを越えて来るカズさんにも、きっと理由があると思うのです。でも、帰りたいと思っているのかはボクにはわかりません。

露山露さん、
電車の人間たちは、なんだろう、何も考えないようにしている、という風にボクには見えます。
時々ボクは悲しくなってしまう事があるのです。多分ボクに座っているカズさんが悲しんでいると思うのですが、カズさんは何も言いません。
シルヴァスタインって「ぼくを探して」の人ですね。(ん? なんで知っているんだろう)

_ トゥーサ・ヴァッキーノ ― 2007年04月20日 23時54分16秒

こんなトコが気になるのは、ボクが眠くなってきている証拠なんですが、
まもなく3番ホームに。アナウンス…
の「ホームに。」で「。」しちゃうと、なんとなくアナウンスっぽくないような気がしました。
だけどベンチの擬人化はいい視点ですね。いい視点です。

_ ホームの片隅から ― 2007年04月22日 15時41分44秒

今日は雨が降っているので、ボクの足はまた少し錆びてしまいます。
コメントありがとうございます。

トゥーサ・ヴァッキーノさん、
うーん、どうすればアナウンスらしいのかなぁ。自信は無いのですが考えてみます。
眠い時は寝ましょう。カズさんもそうしています。

_ 鹿王院知子 ― 2007年04月22日 17時25分45秒

すごくいいと思いました
少しベンチがおしゃべりすぎるかも
うまくいえないけどその辺を調節するとものすごくものすごくよくなる予感がする

_ 百吉 ― 2007年04月22日 22時28分04秒

そうか、ベンチくんでしたか。
途中、地縛霊かなあ、鳩かなあ、と読み進んでいました。
カズさんにやさしいベンチくんがすてきです。

_ incacola ― 2007年04月22日 23時30分37秒

最後に足が軋むところで、語り手がベンチだと確信できました。カズさんが大きそうだったので、ホームそのものにどかっと座り、ごろんと寝てる絵を想像したもので...。
のんびりとした雰囲気が好きでした。

_ 馥 ― 2007年04月22日 23時50分39秒

駅前の大衆食堂のカズさん知って居ますよ、おかみさんに店を押し付けて、ボクさんの所に来て一日過ごすのですか。
もう長年駅前に住んでいると、自分の家も駅の構内も、庭のようなもんで、ひょいひょいとフェンス越えて入れるんですね。
昔はホーム一杯に電車が発着して居たけど、今はニ両きりで、真ん中に止まるから客の顔は見えないんだよね、だからここの端っこの場所はカズさんのものって訳か。
カズさん屁こくの昔は元気だったけど、今も元気なのね。臭っさ~

_ ukihaji-12 ― 2007年04月23日 09時34分05秒

鳩と、寝転んだカズさんにベンチの独り言、電車の乗車客と役者は揃った、何と平和な情景だろうか。 それにワンカップが花を添える。 何でも無い事に、こんなにも中身の詰まった文章が書けるのかと感嘆。 さらりと書かれていて無理が無く、好い作品だと思います。 羨ましいです。

_ ホームの片隅から ― 2007年04月23日 15時52分17秒

今日は晴れています。風があたたかいです。
コメントありがとうございます。

鹿王院知子さん、
あ、しゃべりすぎちゃったんですね。
こんなの初めてだったので、頑張りすぎちゃったのかな。ボクもよく分からないのですが、考えてみます。

百吉さん、
え、すてき、ですか(照)

incacolaさん、
たしかにカズさんは大きいのですが、それでもこの季節、ホームに直に座ると冷たいのではないかと思います。
この駅はそんなに電車も多くないので、今の時間なんかはのんびりしています。

馥さん、
え、そうだったんですか。それでカズさんが駅員さんに注意されない理由が分かりました。顔見知りだったんですね。ボクは知らないのですが、この辺りは昔、大層賑わっていたのだそうですね。
カズさんの屁はなんだかとても気持ち良さそうな音なので、ボクは嫌いじゃないです。

ukihaji-12さん、
ここでは変わった事なんてあまり起きません。毎日電車が走って、毎日カズさんが来ます。つまらないんじゃないかと思いながら書いたのですが、楽しんで頂けて、褒めて頂いて、何だかうまく言えませんがすごく嬉しいです。

_ でんち ― 2007年04月24日 21時40分09秒

べんち君、僕、でんち君、今度、缶ビールもって遊びにいくよ。
よろしくー。

_ マロ ― 2007年04月24日 23時34分40秒

 あ、ホームの片隅に置かれたベンチだったのですね。ホームを遊び場にしてる小さい男の子として読んでしまっていた。それで、身体を揺すってしまう、と書いていたのか。この表現はなんだ、と引っかかってしまっていたので。
 最後まですいすいと読ませる構成がいいですね。文章の流れも。ほんわかしました。好作品。でも個人的には、小さい男の子が主人公だった方が良かったなぁ。

_ SOID ― 2007年04月25日 20時45分30秒

いいですね、こういう作品。みなカズさん的な生き方をしたいのだけれど、決してそうはならない。みな能面のような顔をしてホームに並んでいるわけですね。
「わかんないや」で終ってしまうのも、またこの作品の良さなのかもしれません。もう少しつっこんで見ても良かった気がしましたが、そうするとすこし語りすぎてしまうことになるかもしれません。

_ ホームの片隅から ― 2007年04月26日 15時46分08秒

昨日も今日も天気がいいです。カズさんは昼寝をしています。
コメントありがとうございます。

でんちさん、
うわあ、名前が似ているのも、今度遊びに来てくれるのも、どっちも嬉しいです(ぎしぎし)

マロさん、
ホームにいる子供は大抵おかあさんにしっかり手を握られています。やっぱり子供は危ないんじゃないでしょうか。酔っぱらって帰っていくカズさんでも時々ひやっとする事があります。

SOIDさん、
もっとすっきりと書けたら良かったんですが、ごちゃごちゃになってあきらめてしまいました。ボクはやっぱり考えるのが苦手なのかな。考える時間はいっぱいあるのだけれど。

_ つとむュー ― 2007年04月27日 00時35分55秒

>ぎしっと身体を揺すってしまう。
この部分で、あれっ、主人公は人間ではないのかな?、と思い始めました。主人公が駅のホームとは、面白かったです。
>あそこで並んでいる人間たちには顔が無い
の部分で、えっ僕らサラリーマンには顔が無いの?と、読んでいてちょっと悲しくなりました。もちろん、作者様はそんなつもりで書いたわけではないことは承知しております。この部分は、”カズさんの顔はすぐ思い浮かべられるのに、あそこで並んでいる人たちの顔は思い出すことができない。”という感じにしていただければ、ソフトになったと思います。でも、”顔が無い”という表現も、この作品の売りだし・・・。ああ、また余計なことを書いてしまった。すいません。

_ 泰 ― 2007年04月27日 01時31分39秒

 気分はボクもカズさん。
>  電車の届かないホームの端に人間は寄り付かないから、
 という表現にちょっと戸惑いました。電車が止まらないホーム? 人間が寄りつかない、ということは、カズさんは人間じゃない? ベンチは、だいたいホームの中程にあるのだがなあ。
 この1行がせっかくのファンタジックなイメージの結像を妨げたような感じがして残念です。もっとも読む方の集中力の欠如でもあるのですが。

_ 木の目 ― 2007年04月28日 03時24分54秒

実際に目にすると、カズさんのところを避けて通るだろうなぁ。とすると、わたしは顔がないんでしょうね。最近鏡も見ないし、ああ、よくわかんないや。ボクはものを考えるようには出来ていないんだった。

面白かったです。ハトとホームか。最後の最後まで誰が書いたのか気づかなかった。

_ ホームの片隅から ― 2007年04月28日 21時26分07秒

今日から大きな休みだとかで、人間がたくさんでした。
もう辺りは真っ暗です。カズさんも帰っちゃいました。

つとむューさん、
あ、悲しくさせてしまってごめんなさい。
でも「思い出せない」というのとはちょっと違うんです。みんな同じ顔に見えてしまうと言うか……うまく言えないんですけど。

泰さん、
ボクの言いたかった事は馥さんが説明してくれているのですが、電車はホームの中央に止まっていて、ボクのいる所まで届かないのです。もちろん中央にはちゃんと別のベンチがあるのです。説明不足でした。ごめんなさい。文章って難しいです。

木の目さん、
みんな避けているからカズさんの周りはいつも静かで、ボクはそれが結構好きだったりします。
> 最後の最後まで誰が書いたのか気づかなかった
あ、何だか嬉しい(ぎしぎし)。ありがとうございます。

_ elayneuong.hatenablog.com ― 2017年08月12日 10時39分26秒

I don't know whether it's just me or if perhaps everyone else experiencing problems
with your website. It appears as if some of the written text within your content are running off the
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if this is happening to them too? This may be a issue with my web browser because I've had this happen before.
Many thanks

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