#005-0002 「入道雲」shunsuke さん2006年01月30日 11時50分37秒

春は、空を見上げた。母親には内緒でそこへ行くことを決めた。春は雪を連れて出た。二歳離れた妹の雪は、買ったばかりの自転車に乗るのが楽しみで、春の言うところへどこでもついて来る。春は、まず南の方角へ進み出した。
「あの丘の上へ行こう」
家の前の坂道を勢い良く降りると、次は丘へ向かう上り坂になる。春はペダルを押し込むように踏む。ようやく上り坂を登りきると、振り向いて坂の下を見た。少し上った辺りで自転車を押す雪が見える。
「はやく来い」
春は雪に檄を飛ばす。まだ小さい雪にとって、坂道で自転車を押すのは辛いに違いない。
雪は上り切ると、無邪気な笑顔で報告する。
「上れたよ」
二人とも、丘の上へ自分たちだけで来られたことが嬉しかった。春は入道雲の場所を確かめた。あっちの方だ。西へ向かう下り坂からつづく道の先にマンションが見える。その向こうに、入道雲の麓があるように見えた。
「雪、あそこに雲の山があるだろ。あのマンションの向こうに、あの山のはじまりがあるはずだ。見てみたいだろ」
「本当だ。向こうに灰色の山があるね」
「行ってみよう」
春は雪を促すと、ペダルを踏んだ。
 坂道をいっきに下ると、そこは初めて来る住宅街だ。雪はブレーキをかけながら、ゆっくりと下りてくる。
「下りられたよ」
雪は、また無邪気な笑顔で報告した。
「いくぞ」
春は山を目指して風をきった。
 住宅街を抜けると、マンションはたくさん建っていた。春はどのマンションか分からなかった。雪は春の背中に着いて来る。春は入道雲の山を探す。入道雲は、いつまでたっても向こうにある。
「雪、もっとあっちだ」
春は、入道雲の麓に建つマンションを目指してペダルを踏み続けた。空が紫色になってきた。どこまで行っても、山は向こうにある。春はどこまで来たのかわからなくなって立ち止まった。春の目から、涙が溢れ出た。
 雪は踵を返すと、ペダルをこぎはじめた。
「おにいちゃん、帰るよ」

コメント

_ mukamuka72002 ― 2006年01月30日 13時49分25秒

誰の心にもある少年時代のちょっとした冒険、それをラフなスケッチのように描いておられます。冒険の結末はほとんどの場合、淡くはかない頓挫で終わるもの。線路はどこまでも続き終点に行き着くことも、虹の登り口、入道雲の麓へたどりつくこともない。春が男の子であるとは意外でしたが、少年期の終わりの始まりを感じさせる余韻の為に、男の子でよかったんでしょうね。

_ たまどん ― 2006年01月30日 19時26分27秒

妹がいる私ですが、6歳も違うので、こうした経験はありません。ただ、雲を追いかけようとした事はあります。河原に寝転がって流れる雲を飽きずに眺めていたこともあります。このような憧憬は、例えば銀林みのるの「鉄塔武蔵野線」を読んだ時に思い出した事があります。この作品からは同じような思いを感じました。

_ 百吉 ― 2006年01月30日 21時39分40秒

届かない雲を追いかける、小さな冒険。すてきな童話ですね。雪ちゃんの淡々としたせりふが大人びてかわいい。
実は「春」と「雪」は季節を物語っているのか…と途中まで思いましたが、雪が入道雲を追いかけて春についていく…うん?反対か…。

_ おさか ― 2006年01月31日 09時35分41秒

私には二人兄がいて、年の近いほうの兄とはよく自転車に乗って、ちょっと遠い「ゆうえんち」(単なる公園)にいきました。
そのときの情景が浮かびました。ほのぼのして、ちょっと苦味もある、優しい作品だと思います。
それにしてもラストの雪ちゃんのセリフ。やはり女は現実的よねーと妙に納得してしまいました(笑)。

_ 木の目 ― 2006年01月31日 22時37分07秒

うまいですねぇ。
小学校3年のときに山のふもとまで二つ年上の兄貴についていって、夜遅く帰ってきて近所中大騒ぎになったことを思い出しました。
うまいなぁ。

_ 鹿王院知子 ― 2006年02月02日 00時11分13秒

かわいい兄妹!

幼い頃夕暮れになると
めちゃくちゃあせったのを思い出します

しかも終始妹強し!
女はこうでなくちゃと
ちいさな雪ちゃんに教わりました
気分のよいお話で
よい眠りにつけそうです

_ でんち ― 2006年02月02日 21時36分35秒

名前がいいですね。それぞれの言葉のイメージもあってとても空想的な物語に読めました。
春が女の子っぽい名前なのと、入道雲が夏なので、そこがしっくりきていたらもー。とにかく、名前の付け方を勉強させてもらいました。

_ くれび ― 2006年02月03日 14時06分28秒

誰もが持っていたはずの純粋であるがゆえの冒険心と、親密でありながらふわりとした距離感のある兄妹の心情の綾が澄み切った筆で描かれています。
春が雪を連れて入道雲を追いかけるという構図がきれいです。

_ 明衛門 ― 2006年02月03日 14時45分15秒

最初に「丘」があって、次に山があるのが良いですね。
子供の心をとても上手く捉えていると思います。
お兄ちゃんはなーんにも考えずに、山だけ見ていたけど
妹は意外に冷静だったんですね。
このドキドキする感じと失望感、そして雪ちゃんの意外な逞しさ、
実際親から見ると大変な話ですが、子供たちの視線から
見ているので子供だけが感じるロマンを素敵に描いている
なあ、と思いました。

_ 鉛筆カミカミ ― 2006年02月04日 23時28分16秒

わお!
クールな妹!
女の子って男の子に比べて現実的なのかなぁー?

男のロマン、
女の子には分からない?

"雪"という名前、
あの灰色の山には雪が積もっているんでしょうか。
…だから"雪"?

読んでいて、
次の展開はどうなるんだろう?
と、ワクワクしながら読むことができました。

なかなかです。

_ めきし粉 ― 2006年02月06日 21時06分55秒

いいお話だなぁとおもいました。

個人的な感想ですが、たとえば、結末に躓いて血が出るとか、ふと現時に戻される何かによって家路への「恋しさ」を強調されると、より一層個人的に心に響くものになったかもとか夢想いたしました。

_ ラジオ少年 ― 2006年02月07日 00時25分07秒

子供時代。大人の自転車を三角乗りして、近所の友達と遠出したことがあります。夜、遅くに帰り着いて、こぴどく叱られたことを、思い出しました。この気持ちは、男の子だけの、ロマンなのでしょうか。

妹の「雪」の気持が知りたいなと思いました。

_ よっぱ ― 2006年02月09日 20時07分58秒

冬なのに入道雲!?思わず掴まれてしまいました。
なるほど、夏を春が追いかけ、春が冬を追いかけるのか・・・
裏切られたのに少年時代のロマンというか汗のにおいを、そして、子供の頃親の車に乗って窓から見る月が走っても走ってもついてくるような気分がしたことを思い出しました。

_ ぎんなん ― 2006年02月11日 02時41分01秒

春は夏に憧れて、雪は春に付いてまわる。ああ、なるほどーー。単純にいい話だと思って読んでいましたが、そういう構図だったのですね。
最初「春」と「雪」が人名だと飲み込むのにちょっと時間がかかって、「ハル」と「ユキ」の方がわかり易いなと思ったのですが、いや、漢字でいいかもしれないと思い直しました。

_ KEN ― 2006年02月11日 17時32分12秒

子供はにとって隣町にいくのも冒険ですね。いつかは自転車が自動車に変わって行動範囲が広がって。新しいことをしよう、冒険しようというのは成長の1歩ですね~。

_ manicure ― 2017年05月04日 12時40分05秒

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_ foot pain between toes ― 2017年07月03日 21時00分12秒

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文章塾という踊り場♪ <Liked it!

_ foot pain bunion ― 2017年07月04日 07時19分26秒

Inspiring story there. What happened after? Take care!

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